謹んで新年の御祝を申し上げ、皆様のご多幸年なる事を、祈念申し上げます。
昨年は、記録的な猛暑でした。米の価格は高騰。秋から冬にかけ特に東日本では熊が出没し世間を騒がせました。
いつも感じさせられますが、我々は自然に対して無力であり、何事も無く生活を送れている事がいかに有難いかに気付かされます。米も熊も「命」であります。植物も動物も大自然の中で与えられたこの「命」を精一杯生きています。その「命」というものに重いも軽いもないのは当然ですが、我々人間も生きていく為に、この「命」を頂かなければなりません。
我々日本人は昔から食事前に「いただきます」とお唱えしているのはこの「命をいただく」ことへの懺悔と感謝の念を込めてきたからです。米を作るために八十八の手間が必要なので米という漢字だという話は有名ですが、いくら農家の方々が一生懸命育ててくれた米も、災害が起れば一瞬にして消滅してしまいます。
この「命」をいただける事は、本当に有難いことなのです。熊の問題も東日本の木の実の大不作と、動物が増えすぎて住処が飽和状態で人里に出没するようになっているとの事ですが、境界を決めているのは人間であって、生き物自体には本来境界はなく、行動するのは自然であると思います。しかし乍ら我々人間が生きていく為にはその動物達の駆除を行わなければならず、先ずこの「命」に対する大きな懺悔の念を持つことが非常に大事なのではないでしょうか。
佛教では生きていくためにルールがあり戒律といいます。一番基本は五戒律であり、その第一が 「不殺生戒(殺すなかれ)」で、命をいただかなければ生きていけない事を感じ感謝し、できるだけ生き物を殺さないようにしていく教えが不殺生戒であります。
しかし、私たち人間は全く生き物を殺さずに生きていく事はできません。「命」をいただかなければ生きていけません。漁業にしても農業にしても生き物を殺さなければ成り立たないし、たとえ菜食主義者であっても植物の命をいただいているのです。
また、生き物を殺すと心が痛むのは、「命」が深いところで一つに結びついており、ご先祖様からつなげて頂いた命であることを認識し、殺生は心の本質に背いているのを感じているということではないでしょうか。「命」に対する感謝の意を表わし、自分という「命」がなぜ今ここで生かされているのかをみつめる事が、より良く生きる為に大切だと思います。
災害だけではなく、世界中で戦争がつづいている今。また物質、情報等々が溢れかえり、心の休まる事のないこの時代。何が真実か、真理とは何かを、しばし心を休め、自分を見つめ、この「命」を認識することをおすすめします。
この『自己を見つめ、心を休める』には坐禅が最適です。
坐禅は、姿勢を調え、呼吸を調え、心を調えていきます。短時間でも良いので坐禅を続けることで、より充実した生活を送る事になるでしょう。
坐禅は決して難しいものではありません。一日一度は坐禅をして、自己を見つめる機会をどうか作ってください。
当院でも、通年坐禅会や写経会を行っています。皆様にもご参加いただき、自分自身を見つめ直し、より良い日々をお送り頂きたいと存じます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
令和8年 元旦 徳光院住職
橋本元勝 合掌